当事者研究 等身大の〈わたし〉の発見と回復

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Highlights

閉鎖的な環境で扱われるこうした苦労は、多くの人々の目に留まることなく、なかったものとされやすい。施設に収容された当事者は、隣人とともに苦労の解釈や対処法を編み出していくという、当たり前の研究の機会を奪われ、研究作業を専門家に丸投げせざるを得ない状況に置かれている。しかも残念なことに、専門家が神経修飾物質や脳神経科学などの用語を乱用し、苦労に対して過度に還元的な生物学的解釈を与えるために、当事者は自分の人生という文脈の中で与えられる意味(4) を奪われることさえもある。つまり、苦労の背景にある状況や思いを深め合うことなく、苦労が「ただ取り除くべき無意味な症状」として治療対象にされてしまうのである。 — location: 111


治療空間で、治療者と行う療法であり、変わることが期待されているのは当事者の認知や行動」である。苦労している本人の変化のみによって苦労の解決を図ろうというこうした考え方は、後述する障害の 医学モデル という捉え方と通じている。 — location: 140


この 公開性 によって、密室で苦労している本人の変化ではなく、社会環境の変化を引き起こして苦労の解決を図ろうとする考え方は、後述する障害の 社会モデル と相通じる。仮に本人の認知や行動が変わらなかったとしても、本人が抱えている苦労について周囲が知識をもち、本人の行動の理由が共感的に理解されたならば、それだけで多くの問題が解決することがあるのだ。 — location: 148


障害者の側から見れば、「親から見捨てられたら、もうおしまい」という状況を意味し、たとえ親に悪意がなくても、親に支配される度合いが増す。実際に、日本で自立生活運動が本格化した一九七〇年前後、障害をもったわが子の将来を悲観した母親によって、子殺し、もしくは無理心中が行われるという痛ましい事件が相次いでいた。当時の世論やマスコミはそのような母親に対して同情的であり、各地で母親の減刑を嘆願する運動が繰り広げられたり、母親の重荷を軽減させるための大規模な障害者隔離収容施設が、国家主導で建設されたりした。 — location: 237


これらの当事者運動は、「障害」の概念と、「自立」の概念を書き換えた。まず前者に関していうと、障害を「個人に宿るもの」ではなく、「社会に宿るもの」であると捉え直した。前者の古い考え方を「障害の医学モデル」といい、現在にも通じる後者の考え方を「障害の社会モデル」と呼ぶ。 — location: 294


このようにして、「私のことは私が一番よく知っている」前提のもと、自己決定の原則を掲げ、社会変革を要求していくという当事者運動の手前で、「見えにくい障害( 23)」をもつ当事者は、置き去りにされる可能性が高まる。 — location: 341


私は、私のことをよく知らない。 私が何者であるか、私が何を行うかを、仲間と共に探る。 — location: 363


という次元は、異なる」という点だ。障害が重くても、その障害の日内変動や進行具合が小さい場合、「私の身体はこのような作動をするだろう」という予測モデルは安定する傾向にあるだろう。しかし一方で、障害そのものは軽くても、「天気が良ければ歩けるが、雨の日は車いすが必要」「理由はよくわからないが動ける日と動けない日がある」「見えにくい障害であるため、周囲がすぐに障害の存在を忘れて接してくる」というように、予測モデルが不安定化する場合もある。 — location: 370


において、「自分のことは、自分がいちばん〝わかりにくい〟」というリアリティを共有し、「自分のことは自分だけで決めない」という原則が強調されている点からも、うかがい知ることができる( 25)。 — location: 380


中略) どんなにたくさんの情報を抱えていても、その存在や意味を誰かと共有されない情報は、ないことに等しい。 — location: 389


当事者研究は、少数派同士が、自分の体験の中で繰り返されていたり、互いの体験の中で繰り返されたりしているパターンを発見し、そこに新しい言葉をあてはめていくことで、「言葉のユニバーサルデザイン」を実現する実践 — location: 421


のが、「商売をすること」だった。ただしここでいう商売へのこだわりは、自活へのこだわりとは異なる。両者の違いを区別するうえで、政治哲学者ハンナ・アーレントの『人間の条件』を参照するとよいかもしれない。 — location: 438


アーレントは、近代的な福祉国家が、公的空間を追いやり、すべてを私的空間に塗り替えてしまったと嘆いているのである。 — location: 450


当事者研究は公的空間を提供することで、制度化以降の運動の政治性を担保しうるのである。 — location: 466