Self-advocacy(セルフ・アドボカシー)とは、自分自身と自分の利益のために声を上げる行為。知的障害・発達障害を持つ人々の公民権運動や相互扶助ネットワークの名称としても使われる。
この用語は1960年代〜1970年代の広範な公民権運動の中で生まれ、障害者権利運動(Disability Rights Movement)の一部を構成している。
核心的な理念
”Nothing About Us Without Us”
「私たち抜きに私たちのことを決めるな」
この標語は、セルフ・アドボカシー運動の根幹をなすスローガン。元々は南アフリカの反アパルトヘイト運動から借用されたもの。
意味するところ:
- 当事者の声なしに当事者に関する決定をしてはならない
- 政策立案、研究、サービス設計に当事者が参加すべき
- 「代弁」ではなく「自己表現」を重視
”People First”
「まず人間として」
障害を持つ人々が「障害者」としてではなく「人間」として認識されることを求める考え方。People-first languageの起源となった。
歴史
起源(1960年代〜)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1968 | 🇸🇪 スウェーデンで最初のセルフ・アドボカシー会議開催。Dr. Bengt Nirjeが主導 |
| 1969 | Nirje、国際障害者リハビリテーション学会で成果を発表 |
| 1972 | 🇬🇧 イギリスで「Our Life」会議開催 |
| 1973 | 🇨🇦 カナダ・ブリティッシュコロンビアで北米初の会議 |
| 1974 | 🇺🇸 オレゴン州セーラムで People First 設立 |
People First の誕生
1974年1月8日、オレゴン州セーラムのFairview Training Center(州立施設)の元入所者たちが会議を計画。
グループ名を決める際、一人の参加者がこう叫んだ:
“I’m tired of being called retarded – we are people first.” (「知的障害者と呼ばれるのはうんざりだ。私たちはまず人間だ」)
こうして「People First」という名前と運動が始まった。
1974年10月の第1回People First大会には560人が参加。これがアメリカにおけるセルフ・アドボカシー運動の始まりとされる。
発展(1980年代〜)
1974: Oregon - 16章(chapters)設立
1975: 16のPeople First支部
1980s: 全米で運動が拡大
1990: Self Advocates Becoming Empowered (SABE) 設立
1995: 約600のグループが全米で活動
2006: Autistic Self Advocacy Network (ASAN) 設立
現在: 40カ国以上でPeople First組織が活動
主要な原則
Bengt Nirjeの「ノーマライゼーション」
スウェーデンの研究者Bengt Nirjeが提唱した理念:
- 発達障害を持つ人々も自己決定できるべき
- 失敗する権利(Dignity of Risk)も認められるべき
Bengt Nirje 「人間として認められるということは、失敗することも許されるということだ」
主要原則一覧
- 自己決定 - 自分の生活について自分で決定する権利
- 当事者参加 - 政策・研究・サービスへの参加
- 脱施設化 - 大規模施設から地域生活へ
- インクルージョン - 社会への完全参加
- Dignity of Risk - 失敗する権利・リスクを取る尊厳
主要組織
国際・全米組織
| 組織名 | 設立年 | 特徴 |
|---|---|---|
| People First | 1974 | 世界40カ国以上で活動する国際的ネットワーク |
| SABE (Self Advocates Becoming Empowered) | 1990 | アメリカ全国組織。Roland Johnsonらが設立 |
| ASAN (Autistic Self Advocacy Network) | 2006 | 自閉症当事者による・当事者のための組織。Ari Ne’emanらが設立 |
ASANについて
2006年にAri Ne’emanとScott Michael Robertsonによって設立された自閉症セルフ・アドボカシー組織。
特徴:
- 自閉症当事者が運営
- 「治療」ではなく「受容」を重視
- ニューロダイバーシティ運動と連携
- 政策提言、研究への参画、教育活動
主要な成果:
- 2007年:NYU Child Study Centerの「Ransom Notes」広告キャンペーン撤回に成功
- Autism Speaksの「Light It Up Blue」キャンペーンへの対抗(受容を象徴するゴールド/レッドを推進)
関連する法律・判例
アメリカ
| 年 | 法律/判例 | 意義 |
|---|---|---|
| 1973 | リハビリテーション法 | 連邦資金を受ける機関での障害者差別禁止 |
| 1974 | Halderman v. Pennhurst | 地域サービスを受ける権利を認めた初の連邦判決 |
| 1975 | 障害児教育法 (現IDEA) | 無償で適切な公教育を受ける権利 |
| 1990 | ADA (Americans with Disabilities Act) | 包括的な障害者差別禁止法 |
障害者権利運動との関係
graph TD A[1960s 公民権運動] --> B[障害者権利運動] B --> C[Independent Living Movement<br>自立生活運動] B --> D[Self-Advocacy Movement<br>セルフ・アドボカシー運動] D --> E[People First<br>知的・発達障害] D --> F[Psychiatric Survivor Movement<br>精神障害] D --> G[Autism Rights Movement<br>自閉症権利運動] G --> H[Neurodiversity Movement<br>ニューロダイバーシティ]
モデルの転換
| 医学モデル | 社会モデル |
|---|---|
| 障害は「治すべき問題」 | 障害は「社会の障壁」 |
| 個人を変える | 環境を変える |
| 専門家主導 | 当事者主導 |
| 「普通」への適応 | 多様性の受容 |
重要人物
先駆者
- Bengt Nirje (🇸🇪) - ノーマライゼーション理論、スウェーデンでの運動開始
- Gunnar & Rosemary Dybwad - 国際的な運動支援
- Ed Roberts - 自立生活運動の父
セルフ・アドボケイト
- Roland Johnson - Pennhurst施設のサバイバー、SABE創設者
- Judi Chamberlin - 精神障害サバイバー運動のリーダー
- Ari Ne’eman - ASAN共同創設者
- Jim Sinclair - “Don’t Mourn for Us” (1993) の著者
インターネットとセルフ・アドボカシー
インターネットの登場は、セルフ・アドボカシー運動に大きな変革をもたらした。
利点:
- 地理的距離を超えた連帯
- ニューロダイバージェントな人々に適したコミュニケーション形式(非同期・文字ベース)
- 従来の組織に参加しにくかった当事者の参画
課題:
- トークニズム(象徴的参加に留まること)の蔓延
- 無給ポジションが多い
- 貧困やサポート不足が参加の障壁に
個人レベルのセルフ・アドボカシー
運動としてのセルフ・アドボカシーとは別に、個人が日常で自己主張する実践もセルフ・アドボカシーと呼ばれる。
実践の要素
- 自己理解 - 自分の強み・弱み・ニーズを知る
- 言語化 - それを他者に伝えられる形にする
- コミュニケーション - 適切な相手・場・方法で伝える
- 交渉 - 合理的配慮を求める
→ 詳細は得意なこと、苦手なことを提示するを参照
批判と課題
運動内部の課題
- 高機能/低サポートニーズの当事者に偏りがち
- 重度障害者の声が十分に反映されていない懸念
- 組織のリーダーシップポジションへのアクセス格差
外部からの課題
- 「当事者」の定義をめぐる議論
- 家族・専門家との緊張関係
- 資金調達の困難さ
関連概念
- Neurodiversity - 神経学的多様性
- Disability_rights_movement - 障害者権利運動
- 得意なこと、苦手なことを提示する - 個人レベルのセルフ・アドボカシー実践
- Independent_living - 自立生活運動
- Supported_decision-making - 支援付き意思決定
Ref
- ASAN - Autistic Self Advocacy Network
- SABE - Self Advocates Becoming Empowered
- People First
- Parallels in Time: History of Developmental Disabilities
Tags
self-advocacy disability-rights neurodiversity civil-rights accessibility People-First ASAN SABE