ペルソナ法が個人的にあまりしっくりこない。アラン・クーパーが体系化して以来、UXデザインの現場で標準的なツールとして使われてきた手法だが、どうしても「平均的なユーザー像」を描くことに帰着してしまう気がしている。
もちろん、ペルソナはデモグラフィック属性を羅列するだけのものではない。Nielsen Norman Groupが指摘するように、適切に作られたペルソナには行動、態度、メンタルモデル、目標といった情報が含まれており、デザインチームに共感を生み出すという重要な役割を担っている。しかし問題は、現実に作られるペルソナの多くがその深みに達せず、マーケティングセグメントの焼き直しになってしまうことだ。そして根本的には、ペルソナが「静的なスナップショット」であるという構造的な限界がある。人間のアイデンティティは本来ミュータブルで、プロダクトとの相互作用を通じて変化する。そのダイナミズムをペルソナは最初から手放している。
「典型的なユーザー」とは何か、と問われると、私にはうまく答えられない。Air Forceのコクピット (flaw of averages)やTodd Roseが『The End of Average』で示したように、「平均的な人間」などというものは統計的な幻想であって、実在しない。分布の中心値を人格として描いても、それは誰でもあり誰でもない。さらに言えば、プロダクトが世に出た後、その作用によって対象ユーザー自体が変わることもある。意思決定を効率化するためのツールとして機能する側面が強くなるほど、ペルソナはその流動性を見えなくさせる。
N=1であっても、確実に実在する誰かのために作るほうが私には合っている。当事者性から始まるデザインは、平均という幻想に頼らない。届く対象は狭いかもしれないが、その一人に対して誠実であることが、作り手としての幸福感にも直結する。
商業的な文脈であれば、せめて平均像ではなく「分布」を見るようにしたい。そこで参照したいのがジョブ理論だ。クレイトン・クリステンセンが提唱したこのフレームワークは、顧客の属性ではなく「片づけたいジョブ」——ある特定の状況で人が成し遂げたい進歩——を設計の中心に据える。ミルクシェイクの有名な逸話が示すように、同じデモグラフィックのユーザーも、置かれたコンテキストによって全く異なるジョブを抱えている。ペルソナとジョブ理論は対立するものではなく、後者の視点をペルソナに組み込むことで、静的な人格描写の罠を避けられる。
ただ、ペルソナをAIで大規模生成する試みも始まっている。NVIDIAとNTT DATAによる研究では、日本の人口動態に基づいた600万のペルソナデータセットを用いて、わずか450件のシードデータから13万8000件以上の学習データを生成し、法務Q&Aタスクの精度を15%から79%へ引き上げることに成功した。合成ペルソナはデータ不足という実務的な課題を解決する手段として機能するが、その根底にある「平均的なユーザー」問題を解決するものではない。生成された多様性が、設計者の価値観や統計的バイアスを再生産するリスクを内包している点は忘れてはならない。
同様の問題はAIが分析を行う場面でも現れる。arXiv 2602.18710「Many AI Analysts, One Dataset」が示すように、同じデータセットに同じ仮説を検証させても、AIアナリストはモデルやプロンプトの違いによって全く異なる結論に達する。分析の結論はデータだけでなく、一連の意思決定に依存するという「多分析者問題」は、AIによって安価に大規模再現できるようになった。これは、ペルソナ生成においても当てはまる。生成されるペルソナの多様性は、生成システム側の設計判断を色濃く反映する。
極端な状況・極端なユーザーのために作ると、結果的に全員にとって使いやすくなることが多い。シナリオテストとアクセシビリティ(a11y)は、この問題に対してレバレッジが効くアプローチだと思う。単一のシナリオではなく、人間では限界のある多様なケースを想定すること。Anthropicのペルソナ選択モデルの研究が示すように、AIは学習データに含まれる人間的なペルソナを内面化し、それに基づいて振る舞う。AIを多様なシナリオやアクセシビリティの要件に晒すことは、そのペルソナの偏りを補正する一つの手段になりうる。
- https://arxiv.org/abs/2601.15777
- https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョブ理論
- https://u-site.jp/alertbox/personas-jobs-be-done
- The persona selection model \ Anthropic
- [2602.18710] Many AI Analysts, One Dataset: Navigating the Agentic Data Science Multiverse
- https://huggingface.co/blog/nvidia/nemotron-personas-japan-nttdata-ja